七五三を通じて、神社やお寺との関わりを大切だと感じた話

20151115

日曜日に七五三のお参りのため、近所の神社へお参りに行った。

私は信心深く無いので、お参りは不要だと考えていた。しかし、うちの奥様がこのような行事を大事にするので、節目の行事は欠かさず参加している。

子供が生後100日になったときにお参りする「百日参り」、自身の厄払いなど。

そういえば正月は欠かさずお参りに行って古い破魔矢を焼いてもらっているし、出張や旅行先では必ずその土地のお寺へお参りに行く。

「信心深く無い」と書いたわりには、ちょっと思い返せば神社やお寺との関わりは多い。そんな私と同じような人は多いはずだ、「信心深く無いけど、大晦日にお寺で除夜の鐘を叩き、お正月に神社へ参拝する」という人。

最近読んだ本の中に、海外の人に対して「特に信仰しているものは無いです(無宗教です)」と言うのは、「相手が信仰する宗教という存在そのものを信じていません」という意味に取られかねないそうだ。

私自身、それは自分の意図することでは無いと思っていたら、購読している高城剛さんのメルマガにこんなことが。

(中略)それと、日本の神様は800万人もいて、誰もすべての神様を数えたこと
がないことも、時折話します。だから、「きっと寿司の神様もいるはずだよ、
見たことないけどさあ、てへぺろ」ぐらいなテキトーな感じがいいと思います
よ。お悩みは、パーティトークでしょうから。

引用元: 高城未来研究所「Future Report」Vol.188【夜間飛行】

この文脈そのものは「海外で日本のことについて会話するときの内容に困っている」という読者の質問に対するものだった。

私はその中に出てきた「800万人の神様」という表現に「おお、そうか!」と納得した。

要は、日本人は何にでも神様が宿っているという感覚を文化的背景にもっていることを伝えればいいのだ、と納得した。

その感覚を私は親として、これからの子供の将来のために、子供に伝える必要があると考えている。

神主に直接聞いてみるのが面白かった

ちなみに七五三の儀式が終わったあと、神主さんに七五三のルーツを聞いてみた。そしたら、庶民が七五三をする習慣は江戸の末期からだそうだ。逆算すれば、ここ200年ぐらいのことである。

それ以前は七五三は天皇の家系だけで行われていた儀式だそうだ。そして、いくつか文献は残っているが、明確にいつから始まったかは不明とのこと。

短い時間であったが、神主から聞くこうした行事のルーツに関する話は面白かった。きっと検索すれば詳細な記事があるのだろう。けれど、自分で見聞きすることは、不思議と鮮明に記憶に残っている。次回は厄払いのときに、なぜ、この年齢で厄を払うのか聞いてみよう。