最初は誰でも魔球を投げていた、という話

20151121

使いたい物を探しているのに出てこない……。

「物は探しているときにはなかなか出てこないもんだ」と、諦めなのか悟りみたいなことを思って、探すのをあきらめる。そして、あきらめた後に目的の物が見つかって「ほらね」と思うのだ。

そういうものだと思っていた私。

しかし、5歳の彼は「それ、なんだかおかしい」と感じたそうで、こう言った。

「使いたい時に、あったほうがいい」

そりゃあ〜そうだ。

あまりにも普通のことすぎて、聞き逃すところであった。

自分が如何に常識(?)や、過去の経験則に囚われているかを思い知った。自分も子供のころは、彼と同じように素直に物事を考えていたはず。

大人は知らないうちに、そんな子供の素直さを妨げているのだ。

 

最初はみんなジャイロボーラーだった

野球で、魔球と呼ばれる「ジャイロボール」という球種がある。

私のうろ覚えだが、「投げたボールがピストルの弾丸のような回転になるので風の抵抗を受けず、ボールが真っ直ぐ進む。そうすると、ボールが打者の手元で浮き上がるように見える」という球種である。(もっとくわしく知りたい方はコチラのサイトを参照)

小学生から野球を習い始めた子供は、最初はみんなこの魔球が投げられるそうだ。正確に言うと、投げたボールが結果的に弾丸のような回転をしているとのこと。

しかしコーチから正しいとされる投げ方を教わり、やがてボールの回転は弾丸ではなくなるのだという。

ふと、このジャイロボールのことを思い出した私はこう思うのだ、

「ジャイロボーラーのまま、野球がうまくなる方法があるはずでは?」

野球が上手で、そのうえ魔球も投げられたら最高ではないか。

 

子供には知識や経験を幅広く得てもらいたい一方で、素直さは保っていて欲しい……。一見、相反するようだが、私はできると思う。

まずは、自分が知らない間に子供の素直さを妨げていないか、自分の行動を振り返ってみる。

 

私が育児で参考にしている書籍

「「7つの習慣」で東大脳を育てる」には、有名なコヴィー博士の「7つの習慣」の要素を子育てに取り入れた事例が紹介されている。「7つの習慣」を読んでいなくても、わかり易く説明されている。「東大脳」と書かれているが、どの時代でも当てはまる、子育てに必要な普遍的なことが書いてある。

「中村修二の反骨教育論:21世紀を生き抜く子に育てる」は、昨年青色LEDの研究でノーベル物理学賞を受賞した中村教授の書籍。ご本人の評価は賛否あるが、私は著書の「日本の大学受験のシステムを前提とした学校教育には意味がない」という主張には同意。「日本沈没を想定した子育てを考えておく」ことが大切である、という主張に納得。本書は2003年出版されたものに加筆修正が加えられ2014年秋に再度出版されたもの。だがその内容は色褪せるどころか、むしろ今、子供を持つ親として共感できるところが多い。